ユーザーが欲する情報でも目立たせればいいわけじゃない
最近は様々なブログでもこれを意識してか、記事を読み進めていくと途中から現れるナビゲーションが流行っています。ほとんどのブログはその部分に、関連する記事や記事を書いた人、SNSへのリンクなどが配置されています。このブログでもその流行りに乗っかりそれを実装しました。そこに記事ごとの評価と各SNSへの投稿ボタンを配置していましたが、ユーザーからTwitterを通して「押し付けがましい」と指摘されてしまいました。
何が問題か考える
なぜこの意見が生まれてしまったのでしょうか?
ナビゲーションの動作が悪かったのでしょうか?
指摘された通り「記事の上に重なる」のが悪かったのでしょうか?
私なりに考えたところ「目立っていた要素」と「ユーザーが欲する情報」が一致しなかったことにあったと思います。このナビゲーションを設置する時、そこに何を配置しようか悩みました。そして、ユーザーが記事をみた後のアクションを起こしやすいように、次のアクションに関する要素を配置しようと考えました。
ユーザーの行動を予測する
記事を見たあとのアクションには何があるでしょうか。
「記事を書いた人を調べる」「他の人に広める」「情報を記録する」「別の情報を探す」etc…etc…
いくつか挙げられますが、わたしはこれを「他の人に広める」というアクションに限定して考えてしまいました。しかし、記事を他の人に広めようと思うユーザーなんて一部のユーザーにすぎません。
こうして、ほとんどのユーザーにとっては無駄に移動するだけの煩わしいナビゲーションが完成しました。
きっとユーザーにとっては、
「ねぇ?この記事のこと書いてよ!」
「ねぇTwitterしないの?」
「ソーシャルしようぜ?」
「ねぇ聞いてるの?ねぇ?」
くらいに見えていたのでないのでしょうか?
ナカジマが「イソノ~!野球しようぜ~!」と毎朝訪ねてくるのに匹敵する経験だったと思います。
目立たせなくても適切に配置すれば見てもらえる
今回の一見で、大きく目立つ要素を配置する際は、本当にユーザーが欲する情報なのかをよく考えて配置しなければいけないということを考えさせられました。
「ユーザーが欲する情報を適切な形で提供する」
とても初歩的なことですが、サイトを始めた頃は意識できていても、時間が経過するにつれその意識が薄れていってしまうので注意が必要です。
しかしユーザーに気づいてもらえないと、その要素が配置する必要がなくります。そこまで目立たせる必要のないものは目立たす必要はなく、適切な位置に配置すれば自然とユーザーに見てもらえます。(実際このナビゲーションの実装前後を比べても、ユーザーのアクションに変化はありませんでした。)
指摘された要素は、記事の一番下“ユーザーが記事を読み終えるところ”にそっと添えておきました。